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イメージや概念で見る、教育・家庭問題

ある日の朝、公園で休んでいたら「先生、おはようございます。」と、担当したことのある子が声をかけてくれた。そう、私は格好だけ、"先生"なのだと意識するのと同時に、とても奇妙に思った。

私はただの人間だ。

これは、学校の問題や家族の問題にも通じるのではないか。子どもを産んだだけで"母親"になる、お金を払って大学で講義を受けただけで"教師"になる。そして生身の人間である以上に、イメージや概念が先行する。

ある人間AがBを殴った。
ある母親Aが娘Bを殴った。
ある教師Aが生徒Bを殴った。

ある人間より、母親や教師のそれのほうが感情が揺られるのはなぜだろう。教師や母親も人間なのに。それは、イメージや概念で縛られてるからだ。

だから、虐待や体罰問題が起こったときは、根本的な解決はなされず、「先生やお母さんが殴るなんてダメだよね!!」で話が終了してしまう。それで思考停止なのだ。それは、理性よりも感情やイメージを優先させているからだ。

どんな人であろうと他者を殴るのはよくない。だから、母親だから、教師だから、ではなく人間としてこうした問題を考えていかないと根本的な解決にはならないのではないか。

そう、我々はイメージや概念で規定され過ぎているのだ。

余裕のないシステムが毒を産む

個別指導塾で指導していた時の話。

私が勤めていたのはM光義塾という3人同時に教える個別指導塾。もちろん先生は全員大学生またはフリーターのバイトである。また、経営はコンビニのフランチャイズと同じである。 この3人同時に教えるというシステムは、教育的にはアレでも経済的、営利的には効率が良い。そして、担当性でないのでとても気楽であった。だが、 3人同時に教えるのでとても忙しい。たから、この塾を例えるならば"コンビニ"なのだ。私は、そんな中でもより良い指導ができるよう手際の工夫をしていた。

このシステムの欠陥は、人を製造業のロボットのように考えていることである。つまり、"授業をする"というよりは"授業をまわす"のだ。だから、相手の子どもが"平均的な"子どもよりできない子どもであったり、小学生だったりするととても手がかかるため、授業が"詰む"。正直、一人の中3の全くできない子どものために一年生の基礎から教えたり、小学生に寄り添ったノート指導なんてしていられない。他に二人生徒がいるからだ。

私は子どもがノートを忘れようが、寝ようがいつも冷静に対処していたのだが、授業が"詰んだ"場合は、冷静さを失ってしまうことがある。それで、一人の小学生の前でイライラしてしまったことがあった。申し訳ない。

ある日の朝、公園で休んで落ち込んでいたら「先生、おはようございます。」と、その子が声をかけてくれた。そう、私は格好だけ、"先生"なのだと意識するのと同時に、とても奇妙に思った。

これは、毒親問題と通じているのではないかと思う。経済的効率を追求するシステムは、家族にも浸透しているからだ。

狂人の罵声の共通項

今日、電車にのっていたら明らかに狂ってると思われる人がいた。

なにやら「あなたはgo to china☆だよ!!」などと大きな声で発している。最初は、お母さんが子どもを叱ってるのかと思ったが、すぐに狂人のそれだとわかった。

小太りで、身なりは気を使っている様子はなく、般若の顔をしている。目の前の無関係な人を睨み付け、意味不明な因縁をつけ罵倒している。発狂した私の母そっくりだ。

もうすぐ到着だったけど、そのまま乗ることにした。なんとなく、このおばさんとの出会いは運命だと思い、私を救う糸口になると思ったから。

とりあえず、そのおばさんと私の母の発言の共通項をここに残していこうと思う。家族の参考になれば。

低い身分のくせに!!

電車内で女の子たちのグループの笑い声がもれた。このおばさんのことではなかったようだ。しかしおばさん激怒。「低い身分のくせに笑うな!!」というありがたくもなく迷惑しかないお言葉。
私の母も同様で、自分のことをプリンセスダイアナやジャンヌダルク、高貴なお姫様の生まれ変わりだと信じていることもあり「お前はエタヒニンだよ!!」とか、よく言っていた。

金払え!!

このおばさんは、この電車は身分の高い人しかのれない、なのにお前らはのっている、だからもっと金を私に払え!!そうしないとgo to chinaだ!!と言っていた。そして弁償!!とも。私の母も、よく金払え!!弁償だ!!と言ってたな。

私は被害者、訴えてやる!!

このおばさんが車両間を徘徊し出した。そして、車両と車両との間に達した時、ある中年のおじさんがキレてドアではさんで攻撃。おじさんも悪いが、罵声をあびせるおばさんもおばさん(病気だから仕方ないという人へ だったらあなたが引き取ってください)だが、おばさんは大激怒で被害者!!私は被害者!!訴えてやる!!の大連呼。私の母もそれで学校で暴れてたなぁ~(遠い目)

番外編 権力者には媚びる

駅員さんが聞きつけかけつけたときは、ニコニコ笑顔。これが厄介なところ。誰にでも罵声を発するのであれば表面化するが、子どもやただの客などの弱い相手と、医者などのなんならの権力をもつ相手をかぎ分け態度を変える。

はい、今回の頻出単語は身分、金よこせ、弁償、被害者、訴えてやるです!!よく覚えて自分を罵声から守るように!!
私もこのおばさんとの出会いで、私が悪くなかったんだと救われました、ありがとう、感謝します。

内観体験記 毒親に感謝は生じるか

今からちょうど一年前に、内観を受けました。

内観とは、していただいたこと、して返したこと、迷惑をかけたことを面談者に話すというシンプルなものです。アダルトチルドレンの、してもらえなかったことを話すやり方とは正反対なのがとても興味深いですね。

はたして内観は、親子関係の障害を改善してくれるのでしょうか。
結論からいえば失敗に終わりました。私の体験記が、これから内観を受けようとする元被虐待児や内観関係者の役に立ち、もっと内観がよくなればと思います。

六万円

私は一週間内観といって、安曇野の研修所に一週間こもりました。価格は一週間で学生は三万円。学生でない一般だと六万円です。宿泊もあると考えればそんなに高くもないですね。

申し込みはメールや電話で

申し込みのためのメールをしました。もちろん「母親から虐待を受けていたので母親に対する内観はやりたくない」という文言を添えて。そのあと研修所の場所や待ち合わせ時間、振り込みなどの案内にしたがって、バスの予約やらの手続きをふみました。

さぁ到着

高速バスで安曇野のある駅に到着するとスタッフの方が迎えに来てくれました。明るい感じのよい方でした。

駅から研修所へ

車で研修所に向かいます。研修所は二階建ての別荘のような感じです。1階におかれていたハリネズミのストーブが印象的でした。

内観がはじまるゾ

携帯を先生に預けて内観開始です。この先生はN先生といって心理学博士です。

一日目~二日目

二階に通されました。二階には三部屋ありました。私の部屋は普通の六畳の和室でした。内観道場らしくしきりの屏風がありました。

まずクレヨンで絵を描きました。「木と人と家」がお題です。日本式の内観に西洋式の療法だなんて不思議だなーと思いつつ、普通に描きました。

通常は母親に対する内観をしますが、私の場合は父からはじめました。「していただいたこと、して返したこと、迷惑をかけたこと」を二時間くらいで思いだしてノートに書き、先生が来たら五分ほどでまとめて話していきます。先生が来ない時間はずっと部屋にひとりぼっちです。本も読めません。

父との交流がほぼないため一瞬で終わりました。父のあとはは祖母、祖父、と血縁が遠退いていききます。親戚まで終わったら学校の先生など血縁のない人々まで広げていく感じです。これを世界人類までに広げられたら大成功といったところなんでしょうか。

なんと母についてもやってしまった

初日、二日目で親族から友人まで内観を広げていきました。そうしていくうちに、感謝と嬉しさが現れ始め、母についても内観をすることにしました。内観では内観ではしてもらえなかったことは言ってはいけないため「夕飯はいつもミスドやマックで買ってくださいました☆」と遠回しにディスりながらも、していただいたことについては客観的に思い出すことができ、よかったです。先生も「いい先生だったんですね、お父さん働き者ですね」くらいの感想でした。

雲行きが…お金の勘定

ノートに学費や食品、家賃、新聞代まで、私の成育にかかったお金を書いていきます。私は正直強く抵抗を感じました。なぜならよく母から「てめぇには一千万かかった。金返せ!!」とよく言われていたからです。拒否した態度を取りましたが、以前宿泊した青山学院大の女の人(20)の美しい例を渡され、仕方なくそれっぽく書きました。

このお金のノートは、安曇野の研修所だけがやっているのか、内観研修所全体でやっているのかはわかりません。しかし、私はこれはズルいというか、下品に感じました。かけたお金の量で感謝の量が決まるのでしょうか。正直ぞっとしました。

そして、内観の先生も「こんなにお金をかけてもらったんだから(感謝しろ)!!」とおっしゃるわけです(泣) 本当に。

呪いの言葉

そして「お母さん、病気なのに縁切られてかわいそう(娘がなんとかしなきゃ)」、「お父さん、こんなにお金をかけたのに(娘が出ていった)」、「妹さん、お母さんに殴られ続けてかわいそう(姉のあなたがなんとかしなきゃ)」と、先生の無神経な言葉に、正直二階から飛び降りてこっそり逃げ出そうかなと考えたくらい、とんでもないとこに来ちゃったなと思いました。
また、本当に心理学博士なのかと疑問に思うくらい精神障害者とその家族について理解がありませんでした。例えば、私の母はまるで統合失調症(病識がないため診断不可能)の末期で、隣の
家に侵入して暴れたり、髪の毛を庭に捨てたり、逮捕レベルの罵声はあたりまえ、自分をジャンヌダルクの生まれ変わりで、ご守護神様の加護があり、念じれば人が殺せると思っている状態です。そして、そんな母を病院に入れるなんて暴れて至難の技だということは素人でも知っています。ですが先生は「お母さん見捨てられてカワイソウ」ですって。もうこれは呪いの言葉だよ。

先生のご好意で性格分析?

N先生は内観の前はロジャーズ派のカンセラーで、全肯定が疲れて内観派になったということでした。それで、私がプライドが高く誇大だということで(本当は自信がなくその裏返しなのですが)
その誇大化された自意識を現実に戻す療法や、将来の進路相談もやりました。先生いわく、自信をつけるには資格やをとったり学校へ行くことだと言われたのですが、私は母から将来を邪魔された経験があり、それは先生に話していたので、悲しくなりました。先生のご好意はありがたいのですが、これはいらなかったと思います。

ラジオ放送を聞きました

内観はいったんストップして、ラジオやカセットテープで内観でがらりと変わったヤクザのおじさんの話や、不登校の女の子などの話を聞きました。まぁ当たり前ですが、どれも内観はスバラシイという話です。途中、中年のおじさんや若い男性の話で、開祖?の老人の先生から「感謝が足りないから病気がよくならないんだ!!」「しっかり内観しろ!!」という( ; ゜Д゜)な罵声がありました。

最終日

最終日はラジオが流れます。
あなたは死にました。父母をはじめ親戚中が集まっています、どんな言葉を残しますか。
というものです。妹には「自分で考えて、早く母のもとから脱げ出すように」と言いました(実際には先生に、ですが)。
他の、父母や親戚に関しては、疲れきって気力がなかったために何も言えませんでした。その場の雰囲気もほらほら感謝しろよ~感で満ちています。先生からも「育ててもらったのに」「よくしてもらったのに」なのになんで感謝ができないのという圧力高めです(泣)

そして、荷物をまとめる前に感想の作文と、最初に描いたのと同じお題で「木と人と家」を描きました。結局最初と同じ絵を描きました。

そんなこんなで私の内観7デイズ☆は終了しました。

内観、その後

内観後は、両親からしていただいたのに家を捨ててしまうなんてとんでもなかったんじゃないか、私が全部悪かったんじゃないか、私さえ頑張ればこんなことにはならなかったんじゃないか、今から戻って母の世話をするべきなんじゃないかという状態になり、今でも毎日自殺したい気持ちです。
内観の理論では、これは私の感謝が足らず、すべて私が原因で、悪いことになります。

内観体験記まとめ

元被虐待児へは、基礎的な内観はとても効果的だが、結論ありきな内観はとても有害!!
内観でよかったのは三日目までの、ただ純粋に「していただいたこと、して返したこと、迷惑をかけたこと」を話し、先生がそれにコメントしない形態です。
途中から、かかったお金を書かせたり、先生が私的なコメントをしたりしたところからおかしくなりました、つまり、結論(感謝しろ)ありきの内観になってしまったわけです。

感謝できなくても いいじゃないか

これから内観をする人、内観をしてる人へ。内観をしても、またはさせても、必ずしも感謝できるようになることを期待しないで下さい

やるなら家族全員で

内観は家族全員でやるのが理想であり、一番弱い子どもだけにやらせて、お前が感謝しさえすれば全て丸く収まるんだよというものではあってはならないと思います。

以上、内観体験記でした

個別指導塾で採用される方法

こんにちは。春ですね。

夏期講習前の今,塾講師のバイトをはじめるにはもってこいの季節です。

今回は,個別指導塾に合格できる秘訣を惜しみなく書いちゃいます。

最後に塾側に喜ばれ,かつお手軽!に作成できちゃう履歴書のプレゼントがあります。

人手不足なのでほとんど受かる

こんなことを書いたら身も蓋もないですが,個別指導塾は人手不足なのでだいたいの人は受かります。不合格の人は,マイナーな科目しか教えられないか,よっぽどな人だった(ボタンかけられない,シャツしまえない,時間通りに来ないor1時間も早く来た,声が聞こえない)か,もしくはその塾が人が足りていたかくらいだと思います。

以下はそれでも心配な人のための記事です。

できればスーツでいく

個別指導塾は大半がスーツでの勤務です。なので,スーツで行きましょう。なければ,ユニクロで売ってるようなオフィスカジュアルで行きましょう。面接に行ってみて,どうしても必要ならスーツを買う場合もあります。塾によってはオフィスカジュアルや私服でいい塾もあるので,面接で聞いてみればよいです。

感じのいい挨拶ができればそれで合格!

塾の講師は大学生が中心なので挨拶もできない人が多いです。なので,感じの良い挨拶ができるということはそれだけでアドバンテージ。感じの良い挨拶をしましょう。

メモ帳と筆記用具をジャケットのポケットに

できるだけ質問をしてメモをしましょう。特に聞くべきことは

・無給残業,研修があるかどうか

・飲み会などがあるかどうか

・昇給があるかどうか

・補習塾か,受験塾かどうか

・中学生と高校生どちらが多いのか

・中学生の公立志望の比率

・担当制かどうか

フランチャイズかどうか

などなどです。

 

最初の3点は,ブラック塾じゃないかどうかの確認です。今は人手不足なので,この質問でまごついていたら合格したとしても断った方がいいと思います。もし,飲み会など苦手な人がいたら面接の時点で,学校の都合上土日の飲み会に参加できない場合があるなどとすまなそうに言っておけば,飲み会の際に断りやすいです。

次の四点は塾に関してです。補習塾か受験塾かどうか,中学生と高校生どちらが多いのか聞くことは塾の様子を的確に知る要素になります。楽さといったら,高校生より中学生の方が多く,受験型より補習型の塾です。また,中学生を担当する方は,公立志望の子が多い地元密着の塾の方が指導しやすいです。担当制についても,担当制よりは担任制じゃないほうがシフトの都合がききやすく,責任も負担も少ないです。

教えられる科目は多い方がいいがあとあと首を絞める

教えられる科目が多い方が採用される可能性が高くなり,シフトもたくさん入れてもらえます。しかし,理科と社会はよほど得意じゃない限り選択しない方が無難です。なぜなら,あまり教える機会がないので忘れてしまう可能性が高いからです。反対に,数学と英語は頻繁に指導するのでノウハウも整ってますし技術もどんどん上がります。また,需要が高いので,この二科目おさえておけばまず採用です。

また,複数教えるタイプの個別の場合,A君に数学を教えBさんに日本史を教え,Cさんに生物を教え…ということが発生し,科目が多いとそれだけ大変になります…

 

最後まで読んでくれたあなたに履歴書プレゼント!

blog履歴書.xlsx - Google ドライブ

ダウンロードして使ってください。名前と志望動機以外はワープロで書いてしまえるから(気にしなければ全部でも)とってもらくちんです。あなたのお好みで好きなように改変して使ってください。

虐待を受けて育った人に反出生主義をすすめる理由

反出生主義とは、子どもを産まないことを肯定する主張です。被虐待者向けの反出生主義について書いていきます。

アダルトチルドレンや愛着理論など

虐待が受け継がれていく、被虐待者は他者との愛着が結びにくいなどいろいろな理論があります。どれも絶対的な心理学の考え方ではないですが、少なくとも被虐待者は他者と上手くやりにくいことは推察されます。子どもを持つと、子供自身との付き合いのほかママ友付き合いだとかご近所づきあいだとかいろいろな付き合いが生じます。だから、子どもを持つことは被虐待者の苦手な世界に飛び込むことになります。

子どもを育てるには祖父母の協力を得たほうが有利

子どもはどんな子が生まれるかはわかりません。裕福な家庭で専業主婦ができるなら別ですが、祖父母が手伝ってくれたほうが断然有利です。虐待を受けた女性はそれが望めません。被虐待者に子育ては不利です。

子どもを産んだからといって幸せになるとは限らない

残念ながら、子どもはあなたを幸せにしてくれる道具ではありません。住宅や保険の広告の中でお母さんが幸せそうに子どもを抱いているのは、それが広告だからです。子どもを産んで、家を建て、保険に入ってもらったほうが儲かるからです。また、子どもを産むべきだ、という観念があるのは、人口が増えたほうが経済や政治に都合がいいからです。もちろん、虐待を受けたあなたが親の老後の面倒をみる絶対的な義務がないように、子どもを産んだからといって老後の面倒をみてくれるわけではありません。

虐待への援助が少ない

ただでさえ、保育所の待機児童問題があるというのに、虐待への援助なんて夢のまた夢。また、虐待への理解も社会的に乏しいです。

自分だけ生きていくのが精一杯

残念ながら日本では、若者は容易に生活保護が受けれませんし、若者向けの住宅援助もありません。ですから、親元がセーフティーネットになっています。しかし、被虐待者は親元で暮らせません。だから、子どもを産むなんていうのは高望みで、一人暮らすので精一杯です。また、虐待を受けて深くできた傷のおかげで、常に死と隣り合わせです。

以上のように、被虐待者が子どもを産むメリットは少ないです。むしろデメリット。それでも、という方がいらっしゃったら、それは素晴らしいこと思います。

批判する人は母子教の信者だと思え

女は子どもを産んでこそ幸せ。子どもを思わない母はいない。母は強し。こんなことを押し付けてくる人は、きっと母子教という日本全体規模の宗教なんだと思い、スルーしましょう。

子どもを産まない被虐待女性の新しい生き方の提言

それでは何に希望を持って生きていけば良いのでしょうか。
私は、ギリシアやインドの哲学を学んだ中で、幸せとは集中だと考えています。仕事でも趣味でもいいですから、何かに集中すること。この、集中した時に、苦しい過去の記憶や、未来への不安から開放されるのです。だから、子どもがいようがいまいが、結婚してようがしてまいが、仕事をしていてもしていなくても、何かに集中して、幸せになりましょう。

それでも罪悪感がある人へ

被虐待者は自殺の危険性があります。だから、そうしないだけでも、あなたは十分に倫理的な生き方をしているのです。これはカント哲学のでもしっかり明示されています。だから、子どもを産まなきゃいけない、結婚しなきゃいけない、就職しなければいけないなんて考えずに、とにかく集中できるものを見つければそれでいいのです。
それでも何か役に立ちたい場合は、仕事をすればいいんです。パートだろうがなんだろうが、それは尊いことなんです。

「役割が欲しいんです。」

―どうして?

「役割がないと、私が誰だかわからないんです。」

―派遣やバイトじゃダメなのかい?

「それはほんの一部でしかないんです。私が誰だか、わかりません。」

―あなたは派遣さんじゃないか。それがあなただよ。それに、薄給で、欲しい時だけ働いてくれるなんて、世間の役に立ってるじゃないか。大事な役割さ。

「私は成長しているんでしょうか。私はただ、古くなっているだけなような気がするんです。成長なくして歳を重ねるのは、モノと同じです。」

―そんなことはないさ。子どもを産めばその子が成長してくれる。その子と一緒に成長すればいいのさ。

「<私>は捨てなければならないのでしょうか。私は、<母>という役割ではなく、私のことを一言で説明できるような役割が欲しいんです。
そして、<みんな>に許して欲しいんです。
私が<みんな>とは違っているということを。もう、どうしてどうしてと問い詰められたくないんです。」