消えるには
消えたい、死にたい、という人が大勢います。
私も、そんなことをよく考えます。
正直、将来に希望が持てませんし、これから生きていってもなんにもならないような気がしてなりません。
どうしてそうなってしまうのか...。
あれこれ考えた結果、頭の中の願望や幻想や妄想を消してしまうことで、消えることができるのではないかという結論にたどり着きました。
身体は残ってしまいますが、"私"はこの世から消え去るわけです。
"私"は幻想です。
たとえば、7歳の男の子から見た"私"と、30歳の女性から見た"私"では、違う印象に見えるのではないでしょうか。きっと7歳の子からすれば、背が高くて強くてなんでも知っていて一緒にいればいじめっ子を蹴散らしてくれそうな人に見えても、30歳の女性からすると背があまり高くなくてモテそうにないけど収入が安定してそうな人に見えるかもしれません。結局、誰しも自分の都合よく"私"を見るわけです。
そして"私"が"私"を認識することにおいてさえ、自分の都合よく認識しているのに過ぎないのではないでしょうか。
苦しいとき、"私"の願望が叶いそうにないということや、世の中の慣行(という幻想)にのれないと感じます。これらの願望や幻想を消し、"私"を消したとき、静かな安楽があるのではないか、という希望。
とはいったものの、なかなか難しく、ついさっきもメールの返信がなくて「"私"はその程度の存在なのか…。」とイライラしてしまいました、恥ずかしい。