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私とは何かに関する仮説

この数年間、私とは何かについて考え続けてきた。そして、なんとなくみえてきた。

その仮説とは、私は伝達そのものなのではないかということ。私の考えることなど、大きな情報の一部に過ぎない。そして、一生涯情報を蓄え続けても、すべてを知ることは無理だ。真理はあるが、たぶん不可知(神のみぞ知る)である。だが、真理に近づくことはできる。そして、その道はいくつもある。だから、たくさんの考えや異なった情報、宗教があっていい、いや、その方がいい。その情報は、過去から未來へと流れていく。私の体は、その通過点の媒介者でしかない。だから限界がある。しかし、情報は人類滅亡まて半永久的だ。人づてに形を変えていく。変化自在だ。孔子は、上善水の如しと言ったが、情報も近いものに感じる。
生物は、古来より遺伝子を伝達して進化してきた。一部変異を抱えた。これが個性。
人間は社会的な動物で、言語をもっている。言語による思考は、ほとんどがいらないかもしれないが、真理に近づくための強力な武器だ。
情報の媒介者は、誰もがなれる。たくさん勉強して(学校でよくある暗記ではなく)、人と話し、自分でその情報を咀嚼して取捨選択しまとめ、次の必要としている人に渡すだけだ。そしてこれは絶対者への信仰はいらない。こうして、私個人としての人生は終わりだ。ある意味これはポジティブな自殺だ。そして、私は伝達そのものとして、情報の媒介者として生き続けるのだ。半永久的に。

だぶん(笑)