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仏教における利他行について

大乗仏教には、利他の実践がある。昔から、よいことをすれば天国に、悪いことをすれば地獄にとよく言われる。私は天国も地獄も輪廻転生も信じない。比喩だと解釈している。例えば、悪口を言うと嫌がられて独りぼっちになって地獄のようだとか。
私はこの利他の実践を疑問視している。

仏陀梵天勧請を受けるまで、一人で修行していた。ある時までは五人の修行僧たちと一緒に苦行してたが、苦行を辞めて一人でやってみることにしてたのだ。そしたら悟った。だから、仏陀は悟るまで特に利他行をやってないと思われる。
羽入辰郎先生の著書『 支配と服従の倫理学』によると、オウムとナチと大日本帝国にはある共通のデマがあって、それは善行の強制だったという。
だから、私は仏教における利他行も、支配となんらかの関係があるのではと思っている。あの儒教でさえも政治のための教えだったんだから。
あとは、人には自分の人生をコントロールしたいという欲望があるから、それもあると思う。人生は理不尽がたくさんあり、行為のみでどうにかなるものではない。しかし、善行をすることで、将来幸福にしたい、つまり人生をコントロールしたいという欲求があって、それが仏教に取り入れられたかもしれない。
また、差別もあると思う。世の中は理不尽で、努力でどうにもならず負けていく人を、あの人は善行をしなかったからだ、悪行をしたからだというレッテルをはる。

それではどうすればよいかというとただただ欲望を滅するのだ、それが愛でもあるのだ。他人になにかをしてあげたいと思うのも、穢れた欲望が潜んでいるかもしれないから。この点はアリストテレスの愛の観念でも書いた。